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8.19.2022

Nū Hou Hālau

 【 W・I・H・F 2007 】

Pō‘alima, ‘Umikūmāiwa, ‘Aukake

先週のブログで、Poliから借りた写真(Hōkule’a号の写真)を載せたところ、アメリカに住む Yumi S.Sからすぐにコメントが来た。
そう、YumiもHōkule’a号を迎えるセレモニーに、参加して踊ってくれた‘Ohanaだ。

彼女はアメリカで産まれ、小学生の頃に日本(お父様が日本人)に来て教育を受け、その後沖縄に移住してKalākauaでHulaを学んだ。
沖縄で出会った彼と結婚し、現在アメリカに住んでいる。
スペイン語、英語、日本語(日本語は漢字まで書ける)と3カ国語を話せる優秀な女性。

Poliの写真集の中に、そのYumiからPoliに贈られた2007年のWorld Invitational Hula Festivalの写真があったので、Yumiに感謝を込めて、皆にもシェアしましょう。
Yumi、いつもブログに“いいね”してくれて、ありがとう!!

●ユミとPoli

 

●2007年、こんなに多勢のWahine達を引きつれ大会へのぞんだのだった。
Honoluluに到着。Leiは私とPoliからのWelcome Lei(Puamelia)!!


●真中のカヨちゃん、15年前とちっとも変わらないけど、若さの秘訣おせえて〜!!


●ヨーコさんとPoli!!楽しそう!!
ところでヨーコさん、お元気ですか?


●皆、本当に幸せそうな顔して!!
なつかしい顔、々。


●サァー、迎えに来てくれたJTBのバスに乗り込んで!!
後ろに長年我々のチームをサポート(ハワイのJTBスタッフ)してくれた、ジョイスさんの顔も見えます。


●バスに乗って、宿泊するホテルに向う。
窓際にKeola発見!!Keolaも15年前とちっとも変わっていない、不思議。


●Hotelに荷物を置いたら早速、大会会場のリサーチ。
途中W・I・H・Fの宣伝のバナーを見つけた!!


●ここが大会の会場となる、Waikiki Shell。
カピオラニ公園内の広大な敷地の中にある。ステージからの撮影。


●これもステージから客席を見渡す。
イスのある場所は、値段(大会チケットの)が高く、後ろの芝生席は安い値段でマットを敷き、足を伸ばし、くつろぎながら見る事が出来る。


●会場の下調べも済み、いよいよ次の朝早く、Waikiki Beachでみそぎをするために出かける。
HotelはWaikiki ShellにもWaikiki Beachにも徒歩で行ける、Queen Kapiolani Hotelだった。(長年に渡って常宿にしていたので、ホテルのスタッフ達も我々を出迎える時 “Welcomeback!!”と言ってくれたものだった。)
朝のWaikiki Beachは静かだ!!


●みそぎの前に皆の水着姿!!

 
 
●いよいよMusicianも、Hawai’i島から駆けつけてくれた。
大会が始まるのだ!!
 


●赤いカーテンの内側はジャッジ席。もうすでにジャッジが居並んでいる。



●初日の木よう日は、‘Auanaだった。
美しいピンクの衣装に身を包み、皆素敵な笑顔で踊っている。





●翌日、金曜日はKahiko。
‘Ulī‘ulīを持って踊るHula。衣装のすそ模様も‘Ohekapalaでそれぞれが仕上げた。
Musician達と一緒に“Imua!!”
 


●ちょっと遠方からの撮影だが、右すみの方でHo’opa’aしている私がいる。




●大会が終わってホッとした皆の顔。
 


●大会が終わって気も抜けて、鼻の頭にクリームとチョコをのっけたPoliの顔が笑えちゃう。
ちなみにPoliのLeiは、Pua Kenikeni(とっても強い香りのする花で、沖縄では見た事がない。大きな木に咲きます)


●“Poliは悪い子、メッ!!”と私が指さしている。


●Poliは私のおもちゃです。こうやって遊びます。






●夜はHawai’iに住んでいるユミコ、ユミ、ナナセも集ってくれての大パーティー。





●Waikiki Beachに車座になって座わり、Ho’oponoponoをするのは毎回の事!!
あ〜Waikikiにしばしお別れ!!


●Poli言わく、“サァ〜次の大会のためにImua!!”
いつでも明かるいPoliなのでした。
 

YumiがPoliにプレゼントした、貴重な写真。とてもなつかしい!!
Yumiとの思い出も沢山だよね。
Hawai’i島で行なわれたKupuna Hula Festivalにもお手伝いに来てくれたし、Yumiのママともお会いしお話出来たのも良い思い出。
そしてYumiは、現在のHālauにも娘さんを連れて遊びに来てくれた。
どんなに遠くにいても、いつまでもHālau Hula Kalākauaの‘Ohanaだよ!!
E Malama Pono, Yumi!!
 
 
 
【 Hālau Now 】
 
●和歌山へ里帰りのユキミさん。
思いっきりの笑顔に、いかに楽しくリラックス出来たかがうかがえますネ!! 



●Keolaがクラスの皆に、お中元を持ってきた!!
 

●Lanakilaは冷た〜く冷やしたスイカ!!



●ミサオさんが復帰しました!!お帰り!!


●アサエさんがKeikiクラスへ、沢山の天ぷらを!!
ちょうどお盆のウークイの日だったため、我々にもおすそわけがありました!!
Bonnui!!(フランス語とハワイ語と日本語をまぜた、私なりのギャグ!!わかるかな?)


●クミさんは富士山へ行ってきたという。
そして溶岩の種類が、‘A‘āとPāhoehoeとハワイ語になっている事にびっくりしたと言った。
ハワイ語がそのまま学術用語になっていると聞いて、我々も学ばせてもらいました。

●Keolaのお誕生日に、Lanakilaがプチケーキの上に “Hou‘oli lā hānau”と書いて、Keolaのお誕生日を祝っていた。
Hula Sisterのほほえましい光景でした。



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Ku piki mola maoli no.

(“Too bit small ” indeed.)
 It is such a tiny little bit.
Ku piki mola is Hawaiiannized from the English.

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8.12.2022

Nū Hou Hālau

 【 E o e ka wa‘a, E o Hokule‘a 】

Pō'alima, ‘Umikūmālua, ‘Aukake

先週のブログにHokule'a号を糸満漁港でお迎えをした時の記念写真を載せたら、Poliがその時の貴重な写真を持ってきてくれたので、皆様にも見てもらいましょう。
私がこのブログで昔載せた写真には、ないシーンばかりでした。
前のブログも探して見て下さいネ。

沖縄県からの要請を受け、Hālau Hula Kalākauaが糸満漁港でハワイからのカヌー、ホクレア号の歓迎の儀式を行う事になり、Kahiko(古典)の装束に身を包んだHaumāna(生徒達)がスタンバイ。
沖からカヌーの帆柱が見えたと同時に、PoliがPū(ほら貝)を吹く。
観客の中にもハワイアンがいて、持ってきたPūを吹く。(さすがハワイアンだった。カヌーを迎える心がまえに感動したものだった。)

するとそれに応えるかのように、ホクレア号からPūで返事がかえってきた。
今でもあの瞬間の感動をよく覚えている。
Pūを吹くPoliの目からは、大粒の涙が滝のように流れていた。

●Hokule‘a号を背に、今回の旅をなしとげたクルー達。
彼らの首からかかるLeiは、Kalākauaの‘Ohana達が作りあげたLeiだ!!
“E komo mai!!”


●Poliは早速クルー達に、歓迎とねぎらいの言葉をかけた。


 
●Awaの儀式が始まった。
Poliは最初に副船長のChad氏にやしの実の器に入れたAwaを手渡し、それをChad氏が飲む。


●続いて次々にクルーにまわす。





この後我々は彼等と集った観客、そして県の関係者の前で30分程、伝統の古典フラを踊り、歓迎の意を表した。

●そしてそのまま祝賀会と相なった。



●彼が有名なナイノア トンプソン氏(船長)。Chantにも歌われるほど、ハワイではヒーローである。


●Hālauの‘Ohana達と一緒に!!


●(左)Mokihanaは一緒に写したのネ!!いいはず〜!!


●(左端)ミキさんと(右端)ミヤコさん。
いつもブログ見てくれて、ありがとう!!お元気でいらっしゃいますか?


●Poliと私も盛りあがっています。


●ジュースやお茶で乾杯!!皆楽しそう!!


●カチャーシータイム!!





●この日一番Happyだったのはユウタ!!
クルーからサイン入りのHokule’aのカレンダーをもらっていました。
ユウタ、まだ持っていますか?うらやましい!!


●祝賀会の最後、クルーが一同に並び、お礼の言葉を一人ずつのべてくれました。


●最後はクルーのHakaで、“Ha’a Hokule‘a”です。
実はこのHakaをチャド氏(副船長のChad氏、青いシャツを着ている方です)がパーティーの間に私に教えてくれましたので、私は忘れないうちにすぐに生徒達に教え、今では我々の大切なHakaとなり、たくさんの方が歌え(Chant)、踊れるようになっています。


<不思議な話>
Hokule’a号は動力をもたず、星の位置や島、鳥の動き等から目的地に向かっていく風まかせの船(カヌー)だったので、県の予想を大幅に上回り、沖縄にいつ着くのかわからないのだった。

そんな中、私は伊江島での石碑の儀式をたのまれ、チャーター機に三人の生徒を連れ乗り込んだ。
往復ともそのチャーター機だった。
私はUncleの仕込みで、色々な仕事をこなしていた。

儀式は終わり、関係者の用意してくれたハイヤーに乗り、伊江島をサァ〜と案内してもらった。
途中百合がたくさん咲くという岬で車を降り、海を見おろしながら、そうだHokule’a号が早く到着するようにと、三人の生徒達に教えながら“風”のChantをした。
でも途中で風が吹きすぎても大変だから、“風のやむ”Chantを教えた。
教えるために何度も“風よ吹け”、“風をやめ”というChantをした。

祝賀会の会場でChad氏に笑いながらこの話をしたら、Chad氏“Ekko、それはいつ頃の話?”と問われるので、その日を伝えたらChad氏いわく、“ちょうどその日の君の言う時刻頃、いきなり風が出てきてカヌーがスピードをあげ、しばらくすると風がぴたりと止み、実に奇妙な事があったのだよ。ハハァ〜ン。君が風のChantをしたのだね”。
そういって、皆がカチャーシーに興ずる中、私にHakaを指導してくれたのだった。

それから何年か過ぎ、Hawai’iの大会へ行っている時、あるスーパーマーケットの駐車場で偶然Chad氏にお会いしたのだった。
広い駐車場で大変遠い所から、Chad氏は “Ekko、Poli!!”と手をふってくれた。私達は近づいて始めてChad氏だと喜びHugをしたのだが、さすが副船長は遠くまで見える目をもっているとびっくりした。なつかしい再会だった。

またちがう年、これもHawai’i島KonaのKeauhouのスーパーマーケットで、Hokule’aのクルーのKaimanaさんが声をかけてくれたのだった。
私はすっかり彼の顔を忘れていたにもかかわらず、彼は覚えていてくれたのだった。
クルー達の身体能力には、驚くべきものがあるのだ。


【 Halau Now 】

●木朝のKa Papa PuameliaのHaumānaが進級して、次の時間に移動する事になった。
それを聞いたビギナーのHaumānaが、進級する先輩達のためにリボンLeiと小さなプレゼントで祝ってくれたのだった!!
私はそれを見て、とても感激した。
だって、まだHālauに入って間もないビギナー達が、もうHula Sistersを思いやる心を持っているのですもの!!
Puameliaの皆、進級おめでとう!!

そして心やさしいHula Sistersのビギナーの皆も、早く進級出来るようお稽古しましょうネ!!


 


●ユイコさんは感謝の気持ちを、Leiを作ってUncleに!!
Mahalo nō e Yuiko me ho’omaika’i!!
 



●サヤカさんはLakaに感謝のLeiを!!
Mahalo nō e Sayaka me ho’omaika’i!!
 


 
●Ka Papa Puameliaの皆さん、“Ho’omaika’i!!”
 

 
●祝ってくれてありがとうと、ミチコさんは手作りのケーキと梅干しを持ってきました!!
嬉しいよね!! 
 


●土曜日のSPクラス。チカちゃんは冷た〜く冷やしたゼリー。
Kanaheleはおまんじゅう、ミッキィーは最中を持ってきた〜!!



●キヨミさんも冷たいゼリー!!夏はこれに限るネ〜!!
 


●初公開。TinkのBed Room❤️



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Hao K
ō‘ala ka makani la, pau loa.

With one great sweep of wind, all is gone.

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