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5.09.2014

初めてのハワイ遠征の旅! ⑨

沖縄発情報発信英字新聞 「JAPAN UPDATE」(Feb14-20, 2002)
1面トップに「沖縄のフラチームがハワイの大会で三位を受賞」というタイトルの記事と、当時のHālauにて撮影されたUncle George Na'ope師の写真が掲載されました。
同新聞の1面から続く記事。写真の下には、「ハラウ フラ カラカウアは the King David Kalakaua Invitational Hula Festivalへ初めて沖縄から出場したチームです。彼らは11月15日から17日までの大会で上位に入賞しました。」とあります。

私とPoliが沖縄に着いたら、夜も遅くなっているというのにハワイ大会へ同行した皆が次々と集まってきた。私とPoliは顔を見合わせ「コレってサプライズパーティー?」って思い、満面の笑みをたたえて皆を迎え入れた。ところが皆の表情がかたい、そして暗いのだ。
少し遅れて入ってきた三人のWahineが、にらみつけるような顔で私に一枚の書面をつきつけた。
「なんだろう!! この重々しい雰囲気は?」
全く予想もしなかった出来事に面食らっていた。
その書面の内容はこうだった。(今でもそれを持っているけど公表は避ける。)
“今回の大会の経費の詳細を説明して欲しい。なぜなら9.11(世界に大きな衝撃を与えた、アメリカで9月11日に起きたテロ事件)の後だから、ニューヨークへは¥30,000で行けると聞いた。ハワイだったら、もっと安い航空運賃で行けたはず。だったらお金を返金して欲しい”というものだった。私が差額の運賃を着服しているとにおわす内容であった。
その書面を一読し、Poliにそれを渡しながら言った。
「そういうことだったら、旅行社に問い合わせてみたら?私たちは9.11のおこる前、8月の末日までに旅行代金を支払ったじゃない。そして9.11の後で心配で問い合わせたら、ハワイは同じアメリカでも離れた島だから影響はない、との旅行社の返答に安心し、ハワイの大会側も続行すると聞いて喜んだじゃない。ハワイの運賃が安くなった事実はないわよ。それに私はあなた達に普段のお稽古とは別に大会の踊りを教えたり、練習の時間や場所を提供して、それに対してお金の請求した?一円だってしないわよ。Poliと私の旅行費用だって、あなた達の旅行代金に上乗せしてもらっているわけではなく自分達でちゃんと支払っているわよ。(今までに21回、ハワイの大会へ遠征しているが、一度だって皆の旅費に上乗せなんかしないから、皆が安い金額で参戦出来るのです。)
しかもWahineはお金(おこづかい)をたくさん持っているわけではないからと、Takako Mamaが果物や飲み物を買って届けてくれたり、おにぎりやSpam Musubiを作って少しでもお腹の足しになればと気をつかって下さったことも忘れたの?これだけの人数だから彼女はう~んとお金を使ったと思うよ。Kumu DebbieもHālauをお稽古場に提供してくれたり、Welcome partyをしてくれたり、UncleにいたってはMusicianつきのPartyでごちそうしてくれたじゃない。
ハワイの現地で本場の大会に出場して、賞をとって、Ahu'ena HeiauにHo'okupuし、KilaueaのHalemaumauでPeleに奉納したり、ハワイ島のあちこちを見て回った感動は忘れたの?? 
皆はレイや衣装やMusicianへの負担があるからと大会費用(1人$100.00<※下に大会資料を添付>→計$1,600.00、その時の金額で¥300,000近く)は私が自腹で払ったのよ。それに、ホテルとの送迎やKilaueaに登った時の経費、皆からいただいたお金では不足で、不足分は全部補ったのよ。
初めての大会だから、皆にいろんな事を経験、体験させたかった。それなのに、ありがとう、とか勉強になったとかではなく、コレ!! このありさま!!」
私は怒るというより、話しているうちになさけなくなってきた。私はこんな生徒達を集めてHulaを教えている自分がなさけなかった。
そんな私にKupuna達は口々に「そういえばそうだよ。旅行代金に関してはKumuに払ったわけじゃなく、旅行社に払ったんだから旅行社に聞くべきだよ」と言い、「Kumuとっても楽しい旅だったのに、ゴメンナサイ。」と皆、神妙にあやまってくれた。
何でも、私とPoliをHawai'iに残して帰国の途中でWahineのだれかが言ったらしい。「今、ニューヨークへは¥30,000で行けるってよ。だからハワイはもっと安くで行けたんじゃない?帰ったら皆で話し合ってKumuにお金を返してもらう相談しない?」
そして某レストランに集結して、この事態となったようだった。
私は初めてのハワイ大会遠征がこのような結果で終わった事が実に残念でならなかった。
心の中は大雨が降っていた。


<※大会資料>
一番下、11番目の項目に“ENTRY FEE=出場費”について記載されてある。
「出場費. アメリカ以外から出場するハラウは(もっとも沖縄の我々と東京からの2チームしかいなかったが)出場費を1人あたり$100.00支払わなければならない。」

思い返してみると、皆より一歩先にハワイへ出発していた私に家人から電話がかかってきた。
「2Fで音がするから見下ろすと、台所のあなたの机の引き出しを生徒の○○さんがあさっていてびっくり(最初のハラウは自宅の1Fにあって、2Fの台所のドアには鍵をかけてなく、3Fのらせん階段を通して見通せるようになっていた)。だからハワイでも気をつけて彼女の監視をしてネ」ということだった。
すぐにこの事をTakako Mamaに話したことは正解だった。だって“衣装を切った人”も“衣装を隠した人”も全部同じ人だったから。でも、この事は皆を動揺させるから二人の心の中にしまっていた。
でも家人は皆と一緒に出発するPoliには“私の引き出しをあさっていた人”の話をしていた。
今回の大会ではKupunaはリゾートホテルへ二人一室で宿泊させ、Wahineは離れたコンドミニアム(3ベッドルームでそれぞれにバスルームがつき超広く、キッチンやリビングまでもついている)に宿泊させた。それは意図してそうした。いろいろな事を想定してそうした。そしてそれで良かったのだ。
・他人の衣装を切る ・他人の衣装を隠す ・最後に私を困らせるべく、とうとうこのクーデターをおこすことを計画するような人がいたのだ。
そして皆はまんまと彼女の計画にのったわけで、今さらながらなさけなく思う。

私はその夜、その場で書面に連記署名した三人を“退会処分”とした。その中にすべてのトラブルをおこした人がいたから。これ以上このような恐い事が起こるのをさけたかったから。
翌日、退会させた三人のうちの二人(トラブルの当事者以外)は詫びをこうてきたが、もやは私には受け入れる心の余裕がなかった。

他人の衣装を切ったり(切られた子はセンターポジションにいたから嫉妬した?オーコワイ!!)、しかもその罪を、衣装を作ったPoliにきせようとした。衣装を切られた子も大会の前日、Kumu DebbieのHālauで、Kumu Debbie、彼女のHaumāna、そして私のKupuna及び応援団の前で衣装リハーサルをして、その際「日本人の女の子はおしりが扁平で小さいから、パットを入れたほうがいいんじゃない?」とKumu Debbieに言われて、皆で穴があくほどWahineの衣装を見ていたのだった。それまでは何ともない衣装が切られたのだから一緒に宿泊していたWahineを疑うならわかるが、Takako Mamaの家に宿泊していて一切衣装をさわれないPoliを疑うなんておかしな話だ。
私が「こういう事だったら、Auanaは欠場してKahikoだけに出ましょう」と言ったとたん(Wahineの衣装は5色とも色が違うのだが)切られたスカートの色と同色の補修パッチを出して「あ~私、補修キット持っていて、偶然同色!! 良かったネ~、私が便利なもの持っていて!!」といけシャーシャーとのたまわったのだった。(あまりにも堂々としていたので、私とTakako Mamaは開いた口がふさがらなかった。)
Kilaueaに登る際にKahikoの衣装を隠された子もイジメにあったのだった。
事実は小説よりも奇なり!なのだ。

私はこの一連の出来事をすべてハワイのUncle Georgeに電話にて伝えた。もちろん三人を処分した事も。
Uncleは「そうするべきだ」と言って、私にハラウのルールを教えてくれた。(これは私だけの秘密にしておこう。)
初めての大会でこんな大変な出来事に直面して、私は疲れ、何度もHālauをやめようと思ったが、そんな私を見抜いてUncleが頻繁に沖縄を訪れ(1年に8回来て、短い時は1週間、長いと3週間は居た)、私をそしてHaumānaを指導することに力を注いでくれた。
そしてすぐ次のWorld Invitational Hula Festivalからの招待状が届くことで、私の揺らいでいた気持ちがまたHulaへ向き直っていった。

今回のトラブル(すべての)の主犯は、内地から来ていた人で苦労している様子だったので、何度か夕飯をごちそうしたり、バス会社にバスガイドとして就職する際の保証人になってあげたり(保証人になるというのは簡単な気持ちでそうしたのではない。私の生徒で、沖縄には身寄りがいないから、そして彼女を信頼しても良いと思ったから。でもこの結果。皆さん保証人になる際はよ~く考えてネ。)、夜中に母親が亡くなったといって電話をしてきた時にも共に泣き(私も99年に母を亡くしたばかりだったから)、なぐさめもした。だからどうして彼女がこんな事をしたのか、いまだに理解しがたい。現在も沖縄に在住と聞いたが、どうぞウチナーンチューにその牙(キバ)をむけないで!!

初めてのハワイ大会遠征の結末は“おそまつ”“なさけない”事態になったが、これを機に私はお稽古の最後にHo'oponoponoを実践した。
その結果、13年経った今まで二度とこのような事は起きていない。
今、私のHālauは皆のHulaを学ぶ場所、そして癒しの場所となっている。


Ekko Ma'ema'ekapuaokahala Ota



お知らせ

5月11日(日)午後4時~5時半まで、
プラザハウス2Fステージにて、
母の日にちなんだイベント(ライブショー)
“Mahalo E Mama”(お母さんありがとう)を催します。
入場無料です。
どうぞお母様を同伴してお越しください。
子供から大人まで楽しめるハワイアンショーを
Hālau Hula KalākauaとHo'okahi(生バンド)がお届けします。
(左の写真は、1998年に同ステージで踊っているものです。)




新入生募集

美しいハワイの伝統文化フラを学んでみませんか?
男女3才以上から学ぶことができます。
(→詳しくはホームページのクラス紹介ページをご覧ください。)

興味のある方はお電話でご予約の上、ぜひ見学にいらしてみてください。
 お問い合わせ: 098-878-5654 (カラカウア)
※留守番電話になっていますので、 お名前、お電話番号、ご用件をお忘れなく残してください。折り返しご連絡いたします。

新入生募集は、5月末で一旦締め切らさせていただきます。
その後の募集開始は11月からです。
入会を検討されている方はお早めに!